蓮沼執太から徳井直生さんへの質問
『○→○』にゲスト出演していただく徳井直生さんへ蓮沼執太から3つの質問を投げかけました。
近年、AIを使った制作を一緒に続けている2人。オーチャードホールで蓮沼執太フィルの演奏と共に発表される楽曲はどんな演奏になるのでしょうか。作曲学習データを使って、ピアノ音色で作ったサンプル音源と共にお楽しみください!
徳井さんとはかれこれ10年前くらいから顔見知りではありますが、2020年に資生堂のブランド旗艦店 SHISEIDO GLOBAL FLAGSHIP STOREの作曲と音楽監修をやらせていただいたときに、ご一緒させていただきました。徳井さんたちとは、音楽/音楽生成システムを担当していただき、AIを活用して、天候などの環境情報も考慮しながら365日少しずつ違う音楽が生成されるシステムを担当されました。このシステムについて簡潔に説明してもらえますか?
このプロジェクトでは、蓮沼さんの楽曲のMIDIデータを学習して、メロディーとリズムパターンのバリエーションを生成するAIシステムをつくりました。気温や天候などの環境情報に応じて、アンビエント的なサウンドが生成されたメロディーにかぶさってきます。メロディーの生成時には、あまりありきたりにならないように、適度なランダム性も取り入れています。
環境に合わせて常に変化し続ける音楽、かつ単に耳触りがいいだけでなく、心地よい違和感やハッとする瞬間を空間にもたらすような音楽。制作過程では、日本庭園の鹿威しのような存在を意識していました。
徳井さんの新著『創るためのAI 機械と創造性の果てしない物語』ではよくあるAIにまつわる本とは一線を画すもので、AIに関して専門性がなくても、クリエーターという観点から読んでみても刺激的なものでした。いくつか好きな言葉があるのですが、ここで抜粋させてください。
「人間の知能の模倣を試みるAIは、私たちの知能を拡張する「道具」として機能する一方で、私たちの複雑で豊かな知能のあり方を映し出す「鏡」としても機能します。AIを単なる道具として扱うのではなく、そこにある種の自律性を認めることが新しい表現につながる。AIは、誤用の可能性を許す道具のような存在であるべきである。」
ぼくたち人間の思考は間違っていることが多いのに、機械には絶対にエラーを許しませんよね。機械だけではなく、自然や動物にも同様に接してきた部分もあります。AIとともに新しい創造をしていく考え方として、エラーを受け入れて作品を制作していこうとする姿勢は、徳井さんご自身の制作スタンスにとても近いと感じました。この辺りはどういったところから影響を受けているのでしょうか?
まず機械は絶対にエラーを許さないという思い込みを捨てた方が良いかもしれません。機械は人が作ったルールに従って動作するわけですが、ルールが間違っていれば、当然その結果も間違ったものになります(ルールに正しく従ったという意味で、エラーではないとも言えますが)。特にAIの場合に「学習」という要素が入ってくるので、学習の仕方や学習時に与えたデータによって「正解」ではない答えにたどり着いたり、予想外の振る舞いをする可能性があります。僕はそここそがAIの面白いところだと考えています。
僕の制作のスタンスは、DJから音楽の世界に入ったということに大きく影響を受けているのではないでしょうか。DJって、ある意味で正解(≒観客の期待)をどう上手に裏切るかという勝負なんですよね。ありきたりな選曲だけでもお客さんは飽きてしまうし、あまりにランダムな選曲ももちろんNG。ちょうど良く「間違う」ことが要求される世界なんです。そもそも、ターンテーブルにおいたレコードを触ったり(スクラッチ)、原曲とは違うテンポで曲をかけるというDJ行為自体、間違った機材の使い方、誤用から生まれているわけですよね。テクノロジーの誤用を面白がる姿勢は、こういうところから来ているんだと思います。
ぼくはAIが作曲したものが面白かったらそれで良いと思うんです。今回はどういうプロセス、どういうプログラムで作られたのでしょうか?たくさん学習させて似たような曲が出来ても面白いとは言えないですし、それは音楽の本質をアルゴリズムにしないと答えが出ないことかもしれません。人間では出来ない計算力で生まれる未知な音に期待しています。
前回のSHISEIDOのプロジェクトから変えた点は二点あります。一つは学習のアルゴリズム(計算手順)を変えました。今回は自動翻訳や文章生成の最新の研究で使われているアルゴリズムを応用しています。二つ目は学習データです。前回は蓮沼さんの曲だけを学習しましたが、それではやはりデータとして十分ではありませんでした。そこで今回は、クラシックの有名なピアノ曲を数百集めて学習するところからスタートしました。そうして出来上がったものを、さらに蓮沼さんのデータだけで学習することでチューニングしていくという、二段階の学習過程を経ています。この二つの変更点によって、より音楽としての完成度が高いと同時に、蓮沼さんらしい曲が生成できるのではと考えました。
ただ、ここでもありきたりにならないように、適度なランダム性を取り込んでいます。例えば、AIが次の音が75%の確率で「ド」、25%で「ソ」の音だと良いと予測したとすると、一番確からしい「ド」の音を選ぶのではなく、毎回ランダムにサイコロを降って25%の確率で「ソ」が選ばれるようにしています。AIが出力する確率分布をどのくらい強調するかによって、どのくらい「それっぽい」「もっともらしい」音楽になるのかを調整するわけです。
こうした手法の先にある、未知の音楽をAIを用いてどう生み出していくか… そこはまだまだ未踏の領域です。まさにそれが僕の研究領域であり、自分の創作活動の一つの軸になっています。AI同士を競い合わせることで、過去の作曲の模倣ではない音楽を生成するといった実験も行っていますが、成果が出るには時間がかかりそうです。その結果もいつかまた改めて、蓮沼さんとのコラボレーションで発表できるといいですね!
Special Contents
Profile
徳井直生 Nao Tokui
アーティスト/研究者。AIを用いた人間の創造性の拡張を研究と作品制作の両面から模索。これまでに手がけた作品は、ニューヨークMoMA、ロンドン・バービカンセンター、NTTInterCommunication Center、アルスエレクトロニカなどで展示されている。音楽作品としては、PROGRESSIVE FOrMなどのレーベルからのNao Tokui名義でのリリースや、故Nujabesとのコラボレーション作品がある。2021年1月には、これまでの活動をまとめた『創るためのAI機械と創造性のはてしない物語』(BNN)を出版。慶應義塾大学SFC准教授。
公演情報
会場 Bunkamuraオーチャードホール
日時 2021年4月23日(金)開場18:00 開演19:00
公演タイトル オーチャードホール公演『○→○』(読み:まる やじるし まる)