オーチャードホール公演『○→○』

3:『○→○』レビュー 南波一海

とにかく、蓮沼執太フィルというオーケストラの変幻自在な魅力が存分に表現された公演だった。

フィルはもともと、昨年の夏にBunkamuraオーチャードホールでコンサートを開く予定だったのだが、パンデミック下における社会状況を鑑みて開催は見送られ、オンライン公演『#フィルAPIスパイラル』に切り替わった。
そして翌年の2021年4月23日夜。リベンジマッチとも言えるオーチャードホールでのコンサート『○→○』は、プランを練り直して万全を期したうえで臨んだものだが、まん延防止等重点措置が適用された東京で、さらにはその日に東京、大阪、京都、兵庫を対象に三度目となる緊急事態宣言の発出が決定したという背景を考えると、開催は綱渡りの状態にあり、なにかが少しでもずれてしまうと再び延期、あるいは中止の可能性だってあったはずだ。
その意味で、この日の『○→○』は、蓮沼をはじめとする出演者やスタッフ陣の、この公演にかける思いが手繰り寄せた開催だとも言える。偶然に拾った単なるラッキーな出来事ではないし、だからこそあの場にかけがえのないものをもたらしたのだと、あとになって思う。

蓮沼はこれまでのフィルの活動を大きく3つのシーズンに分けて捉えていて、アルバム『時が奏でる』(2014年)までを第1期、『フルフォニー』(2021年)を録音したところまでを第2期としており、現在の編成を第3期と位置付けている。現時点での第3期はこれまで以上にフリーフォームで、奏でる音楽や楽器編成のフォーマット化を避けるように様々な新たなる試みがなされている。『○→○』で特に顕著だったのはゲスト陣の幅広さ。『#フィルAPIスパイラル』から引き続き、aokid、xiangyu、RYUTist、柴田聡子。それに加えて羊文学の塩塚モエカ、徳井直生、そしてヤン富田という、ほかではまずあり得ない布陣である。

第一部は『#フィルAPIスパイラル』で披露した楽曲を軸にアップデートした形で披露。序盤から、というよりチューニングの時点から、ほどよい緊張感のなかで音楽を演奏する楽しさや享受する嬉しさみたいなものが溢れていたように思う。コラボレーションの数を重ねたことで、蓮沼が言うように曲が育ち、初披露時よりもずっとのびのびとした歌と演奏とダンスを表現してみせた。

第二部に登場したヤン富田のステージは圧巻だった。内容はリアルタイムで流れているラジオの音を受信し、モジュラーシンセの演奏とともにミックスしていくというもので、このパートでの蓮沼フィルの演奏の音は、ヤン富田の元へ送られ、“その場で選択されるかもしれないラジオ局のひとつ”として機能(会場でうっすらと聴こえているフィルの音は生音だ)。無関係であるはずの音の連なりが、あたかも同じ1曲として結びつく瞬間はスリリングの極み。とりわけプリミティヴな電子音が途轍もない音量で鳴り響く後半から穏やかな終盤へと向かう流れは、明滅する照明と相まってコンサートホールまるごと異次元に連れて行かれるようなこの世ならざる体験で、このことは一生の記憶に刻まれる気がしている。

新潟のグループ、RYUTistが自然賛歌である「ALIVE」を歌い踊ったあとに徳井直生によるAIとのセッション「Music for ○→○」を演奏するという流れもユニークの極みで、このダイナミックな振れ幅こそがフィルの魅力だろう。インストも歌もラップもボイスパーカッションもアイドルポップスもAIもやるし、ときにはカットアップの素材のひとつにもなってしまう。その、ある意味で異様とも言えるフィルの柔軟性を、ライヴで、しかも現在のこの状況下で目の当たりにできた/ることは、奇跡と言ってよいのではないかと思う。

塩塚モエカを迎えたたおやかなポップス「テレポート」「HOLIDAY」、そしてラストの「Eco Echo」の演奏を聴き終えたあとには、様々なバリエーションの楽曲を通じて音楽が持つ自由、ライブで身体が揺れる面白さ、人と出会うことの大切さなどを改めて噛み締めた。

蓮沼によると、『○→○』のふたつの〇は、オーチャードホールと映像が配信される空間を示しているとのこと。後者の〇も、ライヴ会場とはまた違う特別な経験がきっと待ち受けているのだと思う。

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Profile

南波一海

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。

公演情報

蓮沼執太フィル・オーチャードホール配信『○→○』(全方位型フィル)

視聴期間:2021年4月30日(金)19:00〜5月9日(日)23:59

配信チケット料金・販売期間:
■デジタル音源付き ¥3,500-(税込) *音源はアーカイヴ終了後にお渡し
販売期間:2021年3月15日(月)10:00〜2021年5月9日(日)20:00
■前売 ¥2,500-(税込)
販売期間:2021年3月15日(月)10:00〜2021年4月22日(木)23:59
■当日 ¥3,000-(税込)
販売期間:2021年4月23日(金)10:00〜2021年5月9日(日)20:00

プレイガイド:
チケットぴあ http://pia.jp/ Pコード:192-491