オーチャードホール公演『○→○』

2:『○→○』インタビュー with ヤン富田

南波一海

蓮沼くんからヤンさんへのオファーの経緯をうかがいたいなと思います。

蓮沼執太

シンプルにファンでして。中学~高校の頃は外国の音楽をたくさん聴いていたんですけど、そのなかで、ヤン富田さんというすごい日本人がいると知ったんです。当時、ヤンさんが特集されている雑誌とかを読んだりして、自分の知らない知識とか情報に触れて、こんな世界があるんだと学んで。それ以来、ずっと憧れの人という感覚でした。で、ヤンさんがリキッドルームで公演されるとき(2012年開催の「LIQUIDROOM 8TH ANNIVERSARY WITH AUDIO SCIENCE LABORATORY PRESENTS YANN TOMITA CONCERT」)直前に、DOMMUNEのヤンさんについて語るイベントに呼んでいただいたりしたことがあって(「ヤン富田コンサート前夜祭~ヤン富田の音楽世界を語る~」)、どこまでも世界が更新されていく感覚がありました。そんなこともあって、今回、フィルで公演するにあたって、ただ演奏するんじゃなくて、どうなるかわからない現象を起こしてみたいと思ったときに、畏れ多くもヤンさんにお声掛けをさせてもらったという感じです。

ヤン富田

ものすごく光栄なことでした。僕のテイストを欲しているわけでしょう。クリエイターの端くれとして、そういうふうに頼まれるのは名誉なことなので。それに対して断る理由はなにもないです。

南波一海

具体的にどんな出演依頼だったのでしょうか?

蓮沼執太

ヤンさんはアーティストなので、ご一緒するにあたって、例えばスティールパンでこの曲を演奏してください、みたいな気は一切なくて。自分たちは自分たちの音楽はある。ヤンさんはヤンさんのスタイルがある。その上で同時になにかできないかというニュアンスだったんです。これまでもヤンさんのパフォーマンスを見ていたし、僕はドキドキワクワクしたいので、限定的にこうしてくださいというよりは、「なにか」をしてほしかったんです。

ヤン富田

オファーのメールで「必然性のある偶然をぜひ」ということを言われたんです。そういうオファーの仕方をするのは只者じゃないわけ(笑)。

蓮沼執太

そんなことはないです(笑)。

ヤン富田

いやいや、本当に。それは僕にとってもすごくリスキーなんです。うまくいかなかったときは大変なことになるので、覚悟がいるわけ。オーチャードのみんなが見ている前で、あの人は一体なにをやってるんだって話になっちゃうかもしれないでしょ?(笑)。物事は準備が8割で、残りの2割に普段の行ないが出るんですよ。だからこれはイチから細かく準備して、打ち合わせも密にして、ということなんですけど。

蓮沼執太

ありがとうございます。

ヤン富田

そもそも、さっきお話に出ましたけど、リキッドルームの前夜祭をDOMMUNEで企画してくださって。須永辰緒くん、砂原良徳くん、岡本仁さんとか、蓮沼くんもいて。みなさんが僕の色んな作品を語る会だったんですよね。それで蓮沼くんがね、僕が「relax」で出した「ビート禅・アーカイブ」のことを話してくれて。「これを音楽家が出したんだぜ」という一言をよく覚えていて。ちゃんとこの価値が伝わってるんだなって嬉しくなりました。

蓮沼執太

僕だけじゃなく南波さんもそうでしょうけど、あれはすごかったですよね。

南波一海

衝撃の特集でした。

ヤン富田

時代的にもちょうどいいタイミングだったでしょう?

南波一海

めちゃくちゃ早かったです(笑)。いまアンビエントとかニューエイジを世界が発掘しているじゃないですか。それよりもずっと先に、体系立てて説明されていたのが本当にすごいなと。

ヤン富田

それは褒めてもらっていると受け止めますけど、あれを褒める人って、ちゃんとした人だからね(笑)。世の中に対して軽薄にこれがいいとかよくないとか言わない人たちなの。だから、ああいったものをよかったという人に会うのはつまり、縁があったんだと思うんだよね。だって普段そんな人、なかなかいないもん。そういった意味では、オファーがきたときはなんの不安もなかったです。自分が本気出してやれば、伝わるだろうなというのはあった。とはいえ、偶然性の音楽って蓋を開けてみないとまったくわからないのね(笑)。

蓮沼執太

だから一度、お話ししましょうということになったんです。打ち合わせ場所を指定していただいたんですけど、東京とは思えない、時間の流れが違うところで。

ヤン富田

そう。あそこの場所は何かが違うんだよね。

蓮沼執太

緊張しました。そのときに今回やろうとしているプランの提案をしていただいたんですけど、自分がなんとなく思っていたことが形になっていたので、緊張より興奮してきて(笑)。

ヤン富田

蓮沼くんはジョン・ケージの偶然性の音楽をリクエストしてるんじゃなくて、「ヤン富田の必然性のある偶然」の音楽をリクエストしているのが言わなくてもわかるから、そういうふうに受け止めて。それは簡単に言うと奇跡を起こすということなんだけど、そのためにはこういうふうにやると起こせるかもしれないぞ、ということを最初の打ち合わせのときに言いました。つまりその行為としては作曲でもあるんですよね。

蓮沼執太

「この話は作曲だからさ」ってさらりと仰ってたんです。もうすごいなと思って。

南波一海

蓮沼くんもフィルのメンバーのスケジューリングから作曲が始まってるとよく言うんですよ。

ヤン富田

そうだね。

南波一海

そのことを思い出しました。打ち合わせから作曲なんですね。

蓮沼執太

音楽ができあがるのって音だけじゃないんだという考えを学ばせてもらったのもヤンさんからなんです。要は、本当に影響を受けているんですよ。だからといってヤンさんを表層的に真似るとかではなくて、わかっていないなりに神髄に触れようとしてきて。まだまだ勉強不足ですけど。

ヤン富田

……おれね、そんな大したことないよ(笑)。全然ヘラヘラしてるし。ただ、好きなことに関してはすごく一生懸命になれるじゃない。単にそこを原動力にやってきただけなんだけどね。

蓮沼執太

それはあります。面白くなきゃ体が動かないので。面白いことが大切なんですよね。

ヤン富田

つまらないことは一生懸命になれないからね。だって、本気出ないじゃない? 音楽家に関して言えば、音を出すことに喜びを感じる人もいる。一方で、自分の音楽を追求してたりすると、そんなことはやりたくないってこともあるじゃない。どっちがいいとか悪いとかじゃなくて、それだけの話なんですよね。

南波一海

そういえば、「必然性のある偶然」の説明としてこの写真がわかりやすいです、と送っていただいたヤンさんのブログの写真が最高でした。

http://asl-report.blogspot.com/2019/07/sneaker-1-2.html

ヤン富田

アハハ。僕、洋服が好きで、スニーカーを選んでたときがあって。そういうときって、音楽を突き詰めるのと同じで靴も探しちゃうの。それが幸せなわけ。これかな、とか探してたときに、呼び込んたんだよね。

南波一海

スニーカーの形をした唐揚げや海苔を。

ヤン富田

普段は気がつかないんだけど。なのに、パッと唐揚げを見たときに「これは俺の探してるスニーカーに似てない?」みたいな。それでお皿に乗っけて、写真を撮って。

蓮沼執太

ふふ(笑)。呼び込んじゃったんですね。

ヤン富田

こういうことはあんまり言わないほうがいいんだけどね。わかりやすいじゃない。あれは作品なんだけど、発見したときは、やったなと思いました。それに、笑えるでしょ

蓮沼執太

笑えますよね。

ヤン富田

イチから作ろうとしたら大変だし。そういうような事で出てきたものは、見れば見るほど、なるほどなっていうものなんだよ。そのあと食べちゃったんだけど、アハハ

南波一海

ユーモアはヤンさんの作品すべてに通じるものですよね。一見難しい曲でも、同時になんだか笑えちゃう部分もあって。

蓮沼執太

そうやって固定概念をほぐしてくれるというか、何事も決めつけずに別の角度から見たら面白いかもしれないよ、みたいな感覚とか志みたいなのはヤンさんの活動から大いに感じていて。電子楽器の使いかた然り、ユーモア然り、それらが自分を作っている感じはします。今日は何度も影響を受けているって言っちゃいますけど、ピュアに影響されています。

ヤン富田

年も離れてるから言わせてもらうと、ピュアさみたいなものは信じていいと思うんだよね。1年くらい前に、ブックラのあるモジュールが調子悪くなっちゃったの。ブックラって、修理するのが本当に大変なんですよ。ブックラさん(シンセサイザー設計の先駆者ドン・ブックラ)がご存命だったときは何回も送り返したりしてたんだけど、そうもいかなくなって。代理店のFiveGの鈴木(清継)さんにお願いするにも、僕のシステムは古いものだし、大変さもわかっているから、モジュールにお祈りしたんだよね。直ってくださいって。そしたらね、次の日に直ったの。

南波一海

おお!

ヤン富田

そのことを鈴木さんに伝えたら、「それをできるのはヤンさんだけだと思います」って返事が来て、アハハ

蓮沼執太

ピュアな思いが通じたんですね。

ヤン富田

そういうのって勘違いかもしれないけれど、実際に動いてなかったの。だけど直った。そういうこともあるんだよね。

蓮沼執太

僕もあります。ARPRhodes Chromaっていう鍵盤があって、わざわざイタリアから輸入したんですけど、トランス替えても電源がつかないんですよ。うわっと思ったんですけど、一生懸命綺麗に拭いて、ついてくれってお願いしながら電源を入れたら、ついたんです。

ヤン富田

じつはそういうことなんだ

蓮沼執太

そういう考えってフィルのメンバーと接するときにも言えることで。楽器だろうが人だろうが、音ができあがる過程のすべてを丁寧に思うことが大切だったりしますよね。

ヤン富田

さっきの唐揚げだったり海苔だったりも、ちゃんと作品として受け止めて、これを笑ってくれる人も感心する人もいるはずだと思って臨むわけじゃない? そうしないと、そういうことって起きなくなっていくの。僕はチャンスをもらってるだけで、全然思い上がったりはしていない。今回の蓮沼くんのも、いまからすごい緊張でドキドキしてるんだけど、毎日リハーサルしてます。どうリハーサルするんだって思うかもしれないけど。少しずつヒントみたいなものが見えてきます。

蓮沼執太

ありがとうございます。僕だけじゃなくて、舞台のメンバー全員同じ気持ちで作っていますので。当日は素晴らしい偶然を導くためにベストコンディションで臨みます。

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Profile

ヤン富田

ヤン富田

前衛音楽からポップ・ソングまでを包括する音楽家。クリエイターを中心に絶大なるフリークス(熱烈な支持者)を国内外に有する。音楽による意識の拡大をテーマに1989年より音楽研究機関、オーディオ・サイエンス・ラボを主宰する。
日本最初のプロ・スティールパン奏者でもある。
http://asl-report.blogspot.com

公演情報

会場 Bunkamuraオーチャードホール
日時 2021年4月23日(金)開場18:00 開演19:00
公演タイトル オーチャードホール公演『○→○』(読み:まる やじるし まる)